2024.04.10タイの文化

無形文化遺産に登録されて初の「ソンクラーン」-3 ソンクラーン起源のいろいろな説

ソンクラーン(タイ正月、水かけ祭り)は2023年12月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産として、タイで4番目に登録が決定されました。1番目は2018年の仮面劇「コーン」、次いで2019年の「タイ古式マッサージ」、そして2021年の南部伝統舞踊「ノーラー」です。一時は無礼講と呼ばれた水かけ祭りですが、目上の人を敬うという本来の行為が文化として認められたのは、喜ばしいことです。

 

ソンクラーンに関しては、本来の起源なのか適当な後付なのか分からない諸説が入り乱れています。例えば正しい説として、「敬老の日」および「家族の日」というものがあります。「ソンクラーンが目上の人を敬う日だからそう呼んでいるだけ」ではなく、4月13日が「高齢者の日」として定められています。家族の日も然り。目上の人を敬うだけでなく家族を大切にするよう、ソンクラーン中日の14日が「家族の日」となっています。

 

当たらずといえども遠からずの説が、「雨期の始まり」です。ソンクラーン期間中にテレビ番組を観ていると、キャスターがそのように説明するシーンを見かけることがあります。暦上の雨安居入りや気象庁発表の雨期入りはもう少し先ですが、「ソンクラーンを過ぎると雨日が気になってくる」のは確かです。

 

雨乞い&豊作祈願」もありがちな説です。1年で最も暑い時期における水をふんだんに使った水かけ祭りは、多くの人に雨乞いを想像させるでしょう。当コラムの第2回で紹介した文化省による説明にも「農作業を終えて新年を迎えるにふさわしい時期」という意味合いの記述がありました。まさしく、「田植えを終えた。後は雨に恵まれて豊かに育ってほしい」という思いがあるでしょう。何よりも人々が雨を待ち望んで豊作を願うのであれば、それはいずれ祭りの主旨になっていくのかも知れません。

 

インドのホーリー祭を持ち込んだ」という説もあります。開催時期も近く、色付きの粉を水に混ぜていた頃の水かけ祭りは確かにホーリー祭を彷彿させるものがありました。タイの水かけ祭りをホーリー祭に結びつけるタイの人はかなり少ないのですが、「水かけ祭りが無礼講に至ったのはホーリー祭の存在が一因」と考えることもできます。ちなみにバンコク都心部のショッピングセンターで2023年3月、ソンクラーンの前哨戦ではなく本来のインドの祭りとして、ホーリー祭が開かれています。

 

日本ではたいてい4月8日に催される「灌仏会(花祭り)とタイの水かけ祭りの起源を同一視する説もあります。灌仏会はもともと釈迦の誕生を祝う行事です。タイ仏教においての釈迦の誕生は旧暦4月(新暦5月~)に催されるウィサーカブーチャー(仏誕節)であることから、別の祭りであることは分かります。しかし、「日本は開催時期を旧暦4月から新暦4月に起き直しただけ、仏に水を掛けるという行為は同じ」と考える日本人が少なくないようです。

ソンクラーン期間中に催される行事は、水かけ祭りだけではありません。例えば寺院の境内で砂の仏塔を作る在家者の姿を普通に見かけます。「境内に立ち入って履物の裏に付いてしまった土や砂を集めて、境内に再び戻す」という行為を表しています。本来は時期に限定されることなくいつ行っても良いのでしょうが、ソンクラーン中は特に、境内に砂場が設けられます。また、タイ北部の寺院で多く見られ、北部の伝統と紹介されることが多々ありますが、実は国内各地で行われています。

目上の人を敬い、信仰を深め、水かけを無邪気に楽しめるのがタイの新年、ソンクラーンです。

 

 

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