2024.10.28タイ生活

挨拶から「人事文化」が見える?~キンカーオルーヤン?~

皆さん、はじめまして。今回から人事や比較文化についてのコラムを書かせていただく水原和美と申します。タイには長く暮らしているという方も、つい最近タイで新生活を始めたという方も、どうぞよろしくお願いいたします。

と、ご挨拶から始めてみましたが、皆さんは、普段どんな挨拶をしていますか。「サワッディーカ/カップ」、「コップクンカ/カップ」あたりは、タイとご縁ができて早々に覚えられたことと思います。「キンカーオ(レーオ)ルーヤン(カ/カップ)?」は使ったり聞いたりしたことがありますか。「ご飯食べた(食べましたか)?」という意味の疑問文なのですが、私が過去に暮らしていた韓国やマレーシアでもよく使われていました。
最初は、それが挨拶と気付かずに、「どうしてご飯食べたか聞いてくるのだろう?私そんなにご飯食べていないように見えるのかな?」と首をかしげたものですが、上述の国に限らず東南アジア圏では広く日常的な挨拶として使われているようです。

一方、日本はどうでしょうか。離れて暮らす子供を思う親が心配して尋ねるケースを除いてはなかなか使われないのではないでしょうか。むしろ、多忙や自己犠牲が美徳とされる組織文化においては、「飯を食う暇もない」と食事を抜くことがある種のアピールになったり、食事もせずに働くことが賞賛の対象になったりする反動で、普通に食事することすら否定的に捉えられかねない緊張感も漂っているような気がします。日本も昔は「腹が減っては戦ができぬ」と言っていたはずなのですが、近年では、救急隊員が休憩時間に缶コーヒーを手にしているだけでも苦情が入ったというニュースもありましたね。

ところで、「人事」とは何でしょうか。
仕事をするようになると、人事部や人事考課等をすぐ想起するかもしれませんが、デジタル大辞泉をはじめとする日本の国語辞典では、「自然の事柄」と対比させながら「人間社会の出来事」や「人間ができる事柄」といった意味が先に出てきます。
日本語と韓国語の場合、漢字語であれば、直訳で通じるケースが多く、韓国語でも「人事(インサ)」の意味を調べると日本語と同じ使い方が出てくるのですが、加えて、日本にはない意味も出てくるのです。
それは、「挨拶」です。一般的な会話で「インサ」と言えば、日本と共通する人事の意味よりも、むしろ挨拶を指すことの方が多いように感じています。司馬遼太郎の『街道をゆく 壱岐・対馬の道』には、農業と漁業を対比させながら「人事文化」の違いによって言葉遣いの丁重さや他人への気配りの違いが生まれることを考察し、旅の同行者が「人事文化はあいさつの仕方」と要約する場面があるのですが、私はこの箇所を折に触れて思い出します。

ご飯を食べたかどうか、は健康をはじめとする諸状態のバロメーターにもなるだけに、これが挨拶になるのは、人間らしさや思いやりの人事文化が表れているようにも思います。皆さんも使ってみてはいかがでしょうか。タイで、アジアで、そして日本人同士でも。

【著者:水原和美】
同志社大学法学修士(労働法)、ソウル大学博士課程単位取得退学(国際関係学)、外務省専門調査員(韓国内政)、欧州系総合人材サービス会社タイ法人、労働経済系シンクタンクKL駐在員事務所などを経てタイで人の仕事と気持ちに寄り添うコンサルティング会社「ナナプロ」を設立。

<本記事は「パノーラ」タイ版 2024年5月号 コラム『南洋茶話』(1)を許可を得て引用・転載しております。>

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