約30年間、タイで人材紹介に携わってきたパーソネルコンサルタントですが、近年、タイ人求職者が日系企業からオファーを受けた際にそれを受けず、タイ系企業などの他の企業からのオファーを受ける傾向にあると強く感じています。社内で統計を取ったところ、近年明らかに内定受諾率が低下していました。原因は何なのでしょうか。
まず、主な内定辞退理由から、在タイ日系企業は人材採用の際にどのような対策を取るべきなのかをお伝えし、次に、なぜ日系企業よりも、タイ系企業などが人気になるのかを解説します。
主な内定辞退理由とその対策
内定辞退は、人材採用をするにあたって、国籍を問わずある程度は避けられない現象ではあります。しかし、対策を講じることで、ミスマッチの数を減らし、採用したいと思った良い人材を戦略的に確保することが期待できます。
ここでは、実際に弊社が関わったオファーの中でよくある内定辞退理由をお伝えします。
同率第3位 福利厚生の不満があるため、辞退
同率第3位となったのは、福利厚生に関する不満です。タイでは日本と異なり、国による手厚い社会保障がないため、企業が提供する福利厚生に期待するタイ人が多いです。
具体的には、ボーナス額、プロビデンドファンドの有無、健康保険の有無や補償額などが挙げられます。これらの違いを、前職や、現在面接を受けている企業と比較した際に、魅力的でないと判断されるケースがあります。
日系の従業員数が多い大手メーカーなどは、家族の医療費用の補助があるなど、手厚い福利厚生を提供していることでタイ人の中で有名です。タイのトップ企業でも、このような取り組みがなされています。
タイに進出したばかりの中小企業で、手厚い福利厚生を提供することは難しいケースもありますが、その場合はベース給与やその他の手当を付けるなどの対策を取ることもできます。更に、ビジネスが拡大していくにあたって、魅力的な福利厚生プランをアップデートできるように努めていくことを候補者や従業員にもアピールしていくことも必要になってくるでしょう。
同率第3位 通勤が不便なため、辞退
たかが通勤で…と思われるかもしれませんが、タイ人にとっては大問題です。
地方出身者で単身でバンコクに来ている方であれば、転職に伴う引っ越しなどに抵抗が無い場合もあります。しかし、バンコクとその近郊出身のタイ人の多くは、BTSの駅近くのコンドミニアムやアパートではなく、更にその先にバスやバイクタクシーを乗り継いだ、家族と住む実家から通勤しているケースが多いです。
日本の会社員であれば、実家が会社の通勤圏内であっても、20代早々に親元を離れて職場にアクセスしやすい場所で一人暮らしをすることが多いですが、タイでは、費用面を考慮し、家族と同居生活を送るケースが多いです。そのため、通勤のしやすさは、費用面と、生活の質という面に大きく影響を与えます。
更に、BTSやMRTが発達してきているとはいえ、タイ人の給与水準に比べてBTSやMRTの運賃は高いです。交通費だけで毎月3,000THB以上かさむことも、珍しいことではありません。BTSやMRT沿線に住んでいない場合は、最寄りまでタクシーやバイクタクシーを利用するケースや、オフィスまで車通勤を希望するケースもあり、費用がかさみます。
更に、車を使うと渋滞に巻き込まれるため、通勤に非常に時間がかかります。
まずは、タイ人のこのような生活スタイルがあるということを考慮頂きたいと思います。
対策としては、タイ人候補者との面接の際に、オフィスまでの交通に不便はなかったか、どのくらい時間がかかるのか、通勤することは問題ないかなど、候補者の意思を確認することが大切です。
オファーをする場合は、候補者の交通にかかる費用的、時間的コストを理解したうえで、候補者が満足する額はいくらなのかを理解し、給与を設定することが大切になります。
2位 業務内容が合わない
こちらは、面接後に候補者が「思っていた業務内容と違う」「〇〇の業務はやりたくない」などという理由で辞退をするケースです。タイ人、日本人に関わらず、このようなミスマッチは起きてしまうことがあります。
対策としては、齟齬がないように業務内容を漏れなく求人票に書くことや、面接時にも更に丁寧に業務内容を説明することなどです。日本とは違い、タイでは役職とそれに伴う業務をある程度契約書ベースでまとめて、業務を行ってもらう、いわゆるジョブ型雇用が主流ですので、業務内容の説明を丁寧に行うことが必要です。
業務内容を説明するコツとしては、一日や一週間単位での仕事の進め方を説明すると、大まかな業務の流れをある程度幅広く伝えることができます。エージェントを利用している場合も、担当者に抜け漏れの無いように業務内容を伝えて、求人票に書いてもらいましょう。
1位 希望給与が出ない
提示した希望給与通りに給料のオファーが無かった、ということが一番の内定辞退の理由です。
タイ人の求職者は、年収20%UPを目標にして転職活動をしている方が多いです。中には、ベース給与のUPを目標にしている方もいます。タイ人求職者は概ね、仕事内容に特別興味が高いから、といった「やりがい」よりも、求めている給与が得られるかということに重きを置くという実情があります。
特に20代の求職者は、転職をしなければ、給与がなかなか上がらず、生活力が向上しないという実態があります。英語が話せる新卒で15,000〜20,000THBの給与スタートとなり、毎年3-4%の昇給とボーナスだけでは、30歳になっても月給が30,000THBに届かないことがあります。
対策としては、面接の際、求職者に、給与希望の根拠を詳しく聞くことです。どの点を重視しているかによって、給与交渉の余地があるかを確認します。事前に、エージェントに依頼をして、確認することも可能です。
さらに、給与のミスマッチによって、採用がなかなかうまくいかないと感じるようであれば、給与体系の見直し、人材要件の見直し、予算の見直しなども視野に入れる必要があります。
もちろん、経験の割にこの額の給与を提示するのは高すぎるのでは?という求職者に出会うことがあると思います。その場合、給与希望の根拠をヒアリングし、給与でこだわるポイントはどこか、他社ではどのくらいの給与が出そうなのか、経験を深掘りするなど、確認のうえ、妥当な給与額を判断されるのが良いでしょう。
なぜタイ人は日系企業に行きたがらなくなったか
内定辞退理由をみてきましたが、これらのことから、なぜタイ人は日系企業を選ばなくなっているのか、少しお判りになったでしょうか。
理由は、内定辞退理由1位の「希望給与が出ない」ことにつながります。まさに、タイ人にとって、日系企業は給料が低いというイメージになってきている現状があります。
①物価上昇に給与体系が追いついていない
日系企業の給与体系が、タイの物価上昇に合わなくなっているケースが多く見受けられます。特に、20-30年前からタイでビジネスを行っている老舗の日系企業では、設立当時の給与体系からアップデートがないままとなっていることが多いです。そして、それを模倣する進出企業がいるという現状があります。
②日本の競争力の低下
日本の経済の競争力の低下を、タイ人は感じています。日系企業のオファーを断ったタイ人求職者は、タイ系の企業に流れていっています。日系企業で働いても、給料は低く、忙しい、成長見込みが無いと感じ、将来の成長が見込めるタイ系企業に流れるケースが増えてきています。
NHKスペシャル「ジャパン・リバイバル “安い30年”脱却への道」(2023年4月24日 午後3:00 公開)によりますと、実際に、スイスのビジネススクールが発表する「世界競争力ランキング」では、日本はタイよりも順位が低くなっています。
さらに、課長レベル手前のポジション以降において、日系企業よりタイ系企業のほうが、年収が高いというデータもあります。
これらのデータからも読み取れるように、タイ人にとって「日系企業」という選択肢は、もはや魅力的なものとは言い難くなっています。
まとめ
タイ人にとって、日本食や日本製のプロダクト、日本旅行は依然高い人気を誇りますが、「日系企業で働く」ことについて魅力的に感じられなくなっている現状があります。
弊社も含め、日系企業が魅力的だと思ってもらえるように、改善をしていくことが必要になっている現状があることを、在タイ日系企業の皆様に知っていただきたいと考えています。
パーソネルコンサルタントは、タイに進出している日系企業を人材紹介・人材派遣・言語・教育・レンタルオフィスなどのサービスを通じて応援しています。
弊社サービスにご興味をお持ちの方は、お気軽にお問合せください。
参考記事:NHKスペシャル
「ジャパン・リバイバル “安い30年”脱却への道」2023年4月24日 午後3:00 公開