<タイから見る大阪地検元トップの性的暴行事件は他人事?人事視点でのニュースの見方(2/3)>の続きです。
今回は標題に引用した事件のようなことが自分の身近で起こるのを防ぐために、特にタイでよく認識しておくべきリスク要因として最後に「権力格差」について見ていきたいと思います。
●権力格差
異文化研究では、アジアの国が概ね権力格差が大きいとされていて、日本もタイも同様に集団の中で権力の弱い者が権力の不平等を予期し、受け入れている社会と言えます。平たく言うと、下が上を敬って、相応の対応をし、遠慮もし、時に無言のうちに忖度もする、そんな文化です。これは、敬語があったり、おじぎやワイ(タイの合掌スタイルの挨拶)も相手によって形を変えて敬意の度合いを変えたりする様子から理解しやすいと思いますが、その程度はタイの方がより厳格です。
それゆえ、日本/本社から来ているというだけで、ボジションが上というだけで、また給与格差なども影響を与えているのか、一般的に社の内外を問わず、日本人同士の関係以上に、タイの方から日本人が恭しく接してもらえていることはよくあるかと思います。自身のステイタスにふんぞり返るのはもってのほかですが、謙虚な方でも自身が思う以上にタイの方はその「謙虚な方」(あなたやあなたの周囲の方)の今の役職や権限に相当な遠慮(グレンジャイ)をしている可能性を、常に念頭に置きたいものです。
また、今どきの40代、50代は、一見昔ほど年長者感なく若々しく見えても、本人もそこまで年を取ったつもりがなくても、本物の若者から見ると、やはり紛れもない年長者であって、それだけで気軽に話せる相手ではありません。これは、上がどんなに気を遣っても、下からはそうやすやすと思っていることを何でも遠慮なく言える相手ではない、のが正直なところです。特に、20代や30代の女性からすると自分の父親ほどに年の離れた男性、それも仕事関係の上の人となると、それだけで怖かったりもします。
ましてや、ここは「微笑みの国」とも呼ばれる微笑み文化のタイです。不同意や困惑すら日本人には見分けのつきにくい笑顔で返されたりもします。否定的な意志を言語化する場合でも、自分の上に対しては、平素から極力ストレートに「No」と言わず、時にはどちらともとれるような曖昧な表現で返事をすることもあります。それも全ては関係をこじらせないためのタイのお作法であり、下から上へのマナーとして身につけて来ているのです。
殊に、職場を「第二の家」と呼ぶくらい愛着を持っている従業員の場合、失業率低く嫌なら即転職が盛んなタイでも、そこで働き続けたいがために、そこでの評価を落としたくないがために、何か嫌なことがあっても我慢をすることは多分にあり得ます。そんな時に、ローカルスタッフが安心して働ける、困ったことがあった時に相談できる体制や雰囲気、問題を報告できる術があるのか、良い従業員に長く勤めてもらいたいと思うのであれば、それらも点検・整備が必要なことです。
以上、どのようにご覧になりましたか? 今回タイに潜むリスク要因としては「お酒」「性に対する認知」「権力格差」の3つに絞りましたが、引き合いに出した事件では、その他職員や身近な方の代理受傷に組織の名誉・信頼失墜、職員のロイヤリティ・モティベーション低下等といった問題も孕んでいて、組織運営・人事の観点から実に多くのイシューを抱えています。
繰り返しになりますが、これらのことは、自分が直接的な加害者や被害者でなくても、身近で起こってしまうと、何らかの形で影響を免れられないことを想定しながら、海外で働く者としては、経済や国際分野のニュースも大事ですが、社会マターにもアンテナを張って現地要因も加味しながら予防に活かせるケーススタディに取り入れたいものです。